飴屋法水の写真。真っ直ぐと見つめる先には女教師。どこか教師を、大人を馬鹿にするような挑発的な微笑。化粧の濃い女と対比する素の狂気。嗚呼なんて恐ろしい。
今回は幻の劇団、東京グランギニョルについて書き残そう。
東京グランギニョルは、1984年から1986年まで存在した日本の劇団である。1983年、元状況劇場の鏨汽鏡と飴屋法水が結成した。劇団名はフランスのグラン・ギニョール劇場に由来する。廃墟風の舞台装置や反復する暴力的な音響の中で上演され、耽美的かつ退廃的な雰囲気を孕んでおりマニアックな評判を得た。主に俳優未経験者を俳優として起用し、『少女椿』でお馴染み、漫画家の丸尾末広やミュージシャンの超美晴なども客演した。当時常識だった劇団員によるチケットノルマや客席の招待席を廃止、雑誌への舞台写真の掲載拒否など、さまざまな点で他の劇団と一線を引いていた。有名な古屋兎丸先生の『ライチ☆光クラブ』は、この劇団の作品『ライチ光クラブ』をアレンジしたものである。
上演作品
・ガラチア帝都物語(1985)
・ライチ光クラブ(1985,1986)
・ワルプルギス(1986)
参考資料の欄にも記載しているが、YouTubeで東京グランギニョルのパフォーマンスを見ることができる。
学生服に包まれ、将来の不安と希望を抱えた学生。その姿はまさに青春の象徴で、その輝く瞳に”情熱”という名の生命が宿る。しかし、その瞳とやらなんて医学名がついた細胞の集まりで組織であり器官であるだけではないか、といわれたような冷たさに呆気を取られる。湧き出てくる感情の裏に、微かに鼻腔を掠めるのはエタノールのようなシンナー。ローファーの鳴らす足踏みの集団性は、教育という名の洗脳の賜物。丸尾末広が叫ぶ。「先生!大変です!腹の中から変な物が出てきましたっ!!」一人の生徒の腹の中からは悍ましい顔をした化け物が顔を覗かせている。先生はそれを性的妄想という名のエイリアンだといい、適出手術が行われる。
この動画はエイリアンが出てきた段階で終わっているが、手術は最終的に傷口にマーキュロを塗って、はいおしまい。
マーキュロとは、マーキュロクロム液という消毒液だ。別名赤チンなどと言われている。効能は殺菌消毒で、緑赤褐色または藍緑色をしている。ヨードチンキというより刺激が少なく染みないという理由で、医療現場や各家庭で親しまれていた。本当にただの消毒液であるが、化学式はC2(/0)H8O6Br2Na2Hg。Hgとは水銀のことである。有機水銀化合物の水溶液であり、水銀が入っている。水俣病による水銀の危険性や製造過程で水銀が発生するため徐々に規制がかけられ、2019年5月30日をもって日本薬局方から削除され80年の歴史を閉じた。
1919年。ヤング・ホワイト・シュワルティが、水銀と色素の化合物を研究中に発見されたのがマーキュロだ。誰だって信じられるわけがない。唯一の液体金属であり、猛毒である水銀が、消毒液に含まれている訳だ。(マーキュロのビンを手に取り)マーキュロクローム。猛毒にして薬品。ビン詰めの逆説。完璧な薬品だよ。......それに、この響きがたまらんじゃないか。マー・キュ・ロ。鼻音から、破裂音、そして舌音で締めくくる。子音の発音の3通りを全て備えている。......完璧だよ......。
東京グランギニョルEndless Art 🌕マーキュロ 全台本 より 一部抜粋
私の親世代は小学校の時にマーキュロ(赤チン)を使った経験があるとのこと。私と同じ世代の人は、是非親御さんに聞いてみてほしい。
ここからはネタバレを含みます。
上記で語った飴屋法水の写真。これは東京グランギニョル第4公演目である『ライチ光クラブ』で、飴屋法水氏自らジャイボと呼ばれている少年を演じている時の写真だ。ジャイボ含め少年たちで結成された組織「光クラブ」。美しい少女「マリン」。(古屋兎丸先生の漫画では、自身の作品のヒロインと名前が被っていたため、「カノン」と改名した)潔白を汚すことは許されない。『ライチ☆光クラブ』と『ライチ光クラブ』について調べてみると、古屋兎丸先生は劇を漫画で完全再現したわけではなく、アレンジを加えていることがわかる。1番の相違点として、ゼラとジャイボの力関係が挙げられる。古屋兎丸版ではゼラは絶対的君主であり、ジャイボはゼラに恋をする少年だった。どこかゼラに媚を売っているような立ち振る舞いをしていたが、グランギニョル版ライチでは本当に何を考えているかわからない少年であり、絶対的な裏の帝王なのだ。
東京グランギニョルによる『ライチ光クラブ』はCDにダビングされており、当時ゼラ役の常川博行氏が所持している。会場と宿泊施設さえあれば何処へでも行かれるそうなので、直接常川さんに御連絡を。
過去にも未来にもこれ以上美しい演劇は決してないだろう。
どのシーンを切り取っても完璧な絵になる演劇。
飴屋法水氏とオールキャストのコラボレートが創り出したアート。
東京グランギニョルEndless Artより 一部抜粋
東京グランギニョルはもう存在しないが、彼らが残した芸術は今でも見ることができる。これは劇団は勿論、周りの第三者の手によって芸術が残されている証拠なのだ。私がこの記事の「記事を公開する」ボタンをクリックしたら「東京グランギニョル」について検索した第三者の目に入るのかと思うと、なんとも言えない責任感が込み上げてくる。これはただの日記だが、知識書としての役割も果たしているのだ。責任者:翡翠
参考文献
東京グランギニョルについて
・好事家youtuber好事家ジュネさんの動画
東京グランギニョル『マーキュロ』&TV版『マーキュロイド』解説【月と水銀と少年殺人】
マーキュロクロム液について
・日経DI